井伊直弼は、彦根藩主の子として生まれたものの、十四男という末子のため、彦根藩の家督を継ぐ見込みがありませんでした。また、養子にも縁がなかったために、その将来には、部屋住となって捨扶持という、大名の子としては屈辱的な将来しか残っていませんでした。
そんな中、井伊直弼は 『世の中を よそに見つつも埋もれ木の 埋もれておらむ
心なき身は』 と、和歌を詠み上げ、自らの住まいを『埋木舎』と銘打ちました。そして、 『これ世を厭ふにもあらず。はた世を貪るごときかよわき心しおかざれば、望み願ふこともあらず。ただうもれ木の籠もり居て、なすべき業をなさまし』 と、和歌を続け、志がなければ、花も咲かない木の中にこの身も埋もれてしまうだろう。こんな境遇ではあるが、志高く、いつか世に出る時のために、この舎にこもり、自分がしなければならない業に日々精進を重ねよう」と、文武両道の修練に励みました。そして、信じた未来が切り拓かれ、第13代彦根藩主になり、藩主時代の善政が世に知れ渡り、幕府の大老にまで抜擢されました。
井伊直弼は非常に多才な人で、埋木舎に学んだ禅、居合、兵学、茶道、国学、和歌はすべてその道を極め、桜田門外の変の他には、大名茶の大家としても、よく知られており、井伊直弼が自ら著した「茶湯一会集」は、現在でも茶道の基本ともなっています。 >>戻る